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ゲタバコ.

下駄箱とは、靴などの履物を収納するための家具。 銭湯など大衆が集う場所では「下足番」と呼ばれる履物の管理人を置くことがある。 ゲタバコとは、映画などのコンテンツを紹介するためのサイト。 インターネット上など大衆が集う場所で「下足番」と呼ばれるブログの管理人が置かれている。

相次ぐ芸能人の謝罪 みな、誰に謝っているのか

 

 

先日ファンキー加藤の記事を書きましたが。

 

そのあと円楽師匠、平愛梨と続々と謝罪をしています。

平愛梨についてYahoo!ニュースは

 

http://news.yahoo.co.jp/pickup/6204019

 

と取り上げていますが、

 

みんな誰に謝っているの?

 

人が謝る理由って3つしかないと思っていて。

 

①本当に相手に対して心から謝罪したい場合。

②自分が楽になりたくて謝った方が楽だと思う場合

③世間的に謝らなくてはいけない場合。

 

この3つだと僕は思うんですね。

①については謝るべきだと思う。

例えば犯罪レベルで何かを犯してしまった時や、迷惑をかけてしまったとき。

②は謝る側の自己保身、自己満足でしかないとき。

③は仕事でミスした時や、「あーこれ謝った方がいいんだろうな」という気持ちのとき。

本当にそう思ってる?みたいに感じるのが③の謝りです。

過去の亀田大毅とかこのパターンですね。

 

ゲスの川谷さん、ベッキーファンキー加藤狩野英孝、円楽師匠を代表にして、

芸能人の謝罪をクソワイドショーが流れれば否がおうなしに目に入ってしまう今年。

 

本当に、誰に謝っているの?と疑問に感じたので、各々の謝罪をますはこの3パターンにまとめてみました。以下まとめです。

 

②の場合: ベッキー 円楽師匠

 

③の場合: 狩野英孝 ファンキー加藤 平愛梨

 

川谷さんは最初の段階で謝っていないのでどちらの場合にも含まれません。

 

一番あざといなと思うのは平愛梨

言わなくてすいません。もう、謝る理由が訳がわからない。

ひとつの会見のコミュニケーションならいい。でもわざわざ謝る。

僕が謝られる側だったら何に謝ってるの?という疑問しか残らず苛々すると思うんだけど。

それを「わざわざ謝って律儀だね」とか書き連ねるスポーツ新聞社の気が知れない。

価値観的バカ製造機の大元って本当に馬鹿な価値観を植え付けるこういった志のないマスゴミなんだなぁと感じています。

 

次にベッキー。妻子ある人と関係を持ってしまった。申し訳ない。

不倫は悪いことという認識のもとやってしまったと。

それに対してイメージの問題でクライアントが降板。CM、MC女王から陥落。

どうなんだろう。世の中の人の、どれくらいが本気でベッキーに怒りを感じているのだろう。

自分の彼女、自分の旦那には全く関係がないことなのに。

裏切られた!とか、見損なった!という人の気が知れない。

みな、ベッキーの何が好きだったのか。バラエティでの振る舞い?顔?容姿?元気さ?正確?

よく感動するところ?

もう、そんな部分はベッキーの一部分にしか過ぎず、むしろテレビという箱でベッキーが演じてきた架空のベッキーに自分たちが感動していたと目を覚まさなきゃダメ。

だって映画で人殺しをするヒールヒーローを好きになることもあるでしょ?

もうあれと一緒だと思うんだけど。

僕らが見ている芸能人と呼ばれる人たちの9割以上はフィクションの世界にいる人。

その人達が不倫をしたところで、その人からもらった感動が汚されたとか傷つけられたとか思っている方がぼくは異常だと思うんですけどね。

僕は川谷さんの曲も大好きだし、ファンモンの初期の曲も好き。

円楽さんの笑点で唯一うまい回答を毎回出すパフォーマンスも好きだし、狩野英孝のバラエティでのいじられ方も好き。

 

でも、みんな芸能人というベールを脱げばただの人なので。

 

だからこの人達が謝罪ししている人って誰なの?と思うのです。

 

いや、それは世間の人達に決まってんだろ!って多くの人は言うかも知れないけど。

 

知らん。それは誰や。お前か?

 

って聞いたら、それをいう人は、そうや。俺や!おれに謝っとんのや!て返すのか甚だ疑問。

 

しかしワイドショーで取り上げる意味というのも、あるんでしょうね。

 

なぜなら、いまを生きる社会の人々は、人が叩かれているのを見るのが好きだから。

 

僕の親は、上司の悪口を同僚としていないとやっていけないと話していた。

その上司と同じような立場の人が、世間的に悪いことをして謝罪していたら、心がスカッとするんですかね。それがよくわからない。

 

そういう人たちって、どうも自分は大丈夫という安心感があるからこそそんなことが言えるんだと思う。

そしてそれが脅かされたら血相変えて怒り狂うんだと思う。

自分は真面目にやっているのに、と。

 

ぼくは少なからずそういう人たちの周りにはいたくないし、

周りにはそういう友達がいないので幸せだなと思うんですが、

もしそういう人がいたら、危機感を持って離れたほうがいい。絶対に。

 

それが心地よくなったら、もう取り返しがつかない。多分。

 

自分を生まれながらの弱者として受容せず、安定の上に胡座をかいているだけなので。

ゼロは知っていても、マイナスは知らない。

 

マイナスを知ってこそ、人は素直になれると思うし、他人を許容できるんだと思う。

 

だから、何でもいいけど、謝るときは考えてほしい。

自分は誰に謝るのか、どうして謝るのかを。

 

だから正直、川谷さんの反応が僕は一番正当だと思う。

当事者同士の問題で、どうして自分が謝らなくてはいけないのか。

それを叩いたマスゴミ、ネットシチズンは本当に悪だと思う。

マスゴミはそれを叩かないとこの話題がこれ以上ハネないからなど仕事上の都合もあったかもしれない。

それで視聴率という数字を叩き出し、その数字を元に広告営業をやっているわけだから、それで納税して日本の国力を上げているのなら文句は言わない。でも、その対価である給料でそれを叩いた人の子供が育てられるのは本当に可哀想、というか残念だと思う。

そしてどっかしらでそういった負のスパイラルは続いていくはず。

 

叩くネットシチズンが、効率だけを追い求めて上司に詰められながら仕事をしているコモディティの一人であればそういうのも生き方として仕方がないかなと思う。でも、安定した日常にいつかそういった綻びが急に訪れたらどうするんだろうと心配になる。

 

梨園の一妻が病気だったという話も、わざわざ報道する意味があるのか。

そこまで日本人は性格が悪いのか。

人間の本当の性は、酒の一番のツマミは、人の不幸話なのか。

 

もう一度、大衆は考えるべきだと思う。

そして、もし自分に不幸なことが起こったら、自分でも、誰のせいにするわけでもなく、

ただただその不幸を乗り越えて笑い話として酒席で話してほしい。

そのほうが、少なくとも自分も周りも救われるはずだから。

 

 

踊れないなら、ゲスになってしまえよ

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