【半ネタバレ】バケモノの子は渋谷で観よう
現在日本では、公開中の映画や今週号のジャンプのストーリーなどをこういった公共の場で話してしまったり晒してしまうと【ネタバレ】となってしまいます。それだけ日本人が映画や作品を観に行く動機はストーリーに比重が置かれているのです。
なので、【半ネタバレ】と称しまして本日は細田守監督最新作『バケモノの子』(2015)について感想などをば書き連ねてみようと思います。
でももう公開から一ヶ月経っちゃってるしね。観た人も多いかとも思うんですが。
さてどこから話そう。あ、まずは率直な感想から。
めっちゃよかったです。
その前に公式HPからあらすじをば。
ストーリーを紹介しておいてなんですが、この作品、正直ストーリーはぶっちゃけそこまでどうでもいいかなって思いました。
それだけ僕がいいと思ったのは、演出。
というわけで僕が気になった演出を、というかこの映画における7つの要素を紹介したいと思います。
1.キャラクター
一番気になった、そして気に入ったキャラクターは熊徹。クマのバケモノです。
声の役所広司は超はまり役。役所広司というと僕はひげのイメージが強いので、アニメのキャラクターを演じながらも声でアイデンティティは役所広司だ!って感じがしました。
そんな熊徹ですが、僕はどこかで観たことがありました。
この人です。バン。
ハナ肇さん。
戦後松竹映画を話す上で大好きな役者さんで、説明が長くなっちゃいそうなので詳しくはwikiで見てください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%8A%E8%82%87
僕にとって、これがこの映画からもらった一番の発見です。
これ以降はどっかの本でも書いてありそうだから読まなくてもあんま意味ないかもですけど、これだけは言いたい。
ハナさんは松竹の喜劇映画、中でも山田洋次監督や森崎東監督の映画によく登場した役者さんです。
ハナさんの役所は必ず、「こんな奴おるかい!」という社会離れした奇想天外な不器用で豪快なキャラクター。
笑いの取り方は必ず、「低俗」と呼ばれるドタバタ喜劇やバーレスクという喜劇手法です。
分かりやすく言うと、うんこちんこの下ネタから、裸で顔を黒ずみだらけにして走り回る体を張ったとにかく明るい感じのネタです。
そんなハナさん演じるキャラクターは各作品でどんな位置にいたか。
それは、まさにバケモノです。
つまり、ハナさんのキャラクターは映画の中で存在する「普通のキャラクター」と相反する、必ず三大欲求に忠実な、正直で機転の利かない、だからこそ観客の本質をついて共感を得るキャラクターなのです。
ちょっと書いててわかりづらくなりました。先ほど挙げた山田監督と森崎監督は『男はつらいよ』という映画を共同で作られたのですが、寅さんと言えば分かって頂けると思います。
そしてハナさんのシンボルとも言える演技は、とにかく大口で上を向いて高らかに笑うこと。
もうね、熊徹の演出がこれに超そっくり。
そしてバケモノ世界で疎まれ、周りと相容れない雑な性格。
もういまの役者界でそんな役者さんいないので、スクリーンで現代のハナさんに会えたっていう嬉しさはめっちゃ大きかった。
キャラクターを自由に作り上げる。アニメの可能性ってすげえなって感じました。
2. ストーリー
ごめんなさい、どうしてもちょっと【ネタバレ】しちゃいます。
僕がストーリーに一番好感が持てたとこは、
現代世界とバケモノ世界を自由に行き来できるという演出。というか、設定。
つまり、一度行ってしまったら戻って来れないということがないので、
熊徹と九太が離ればなれになるかもっていう無駄なサスペンスがないというとこです。
思えば。『黄泉がえり』『セカチュウ』『今、会いにいきます』『恋空』の4大恋人死んじゃうヒット映画には、死という絶対的な別れという制限がサスペンスとして働き、「純愛」という言葉をテーマとして呼び起こしていました。歌手で言えば青山テルマと西野カナ。
会いたい、でもそちらに行ったら二度と会えない。
でももう、そんなの今はたるいってことですね。
鉄道とか距離的な技術発達は0年代と変わってないにしても、SNSという情報技術がそれだけ「会える」という感覚、離れていても近いという感覚を与えたかということに起因していると思いました。
それ以外は、プロットがとても綺麗で、王道エンタメの筋書き通り、プロットポイント1、2とめっちゃわかりやすく進みます。だから超観やすい。
3.サスペンス (というか、ヒロイン)
ストーリーにも通ずる話ですが、だからこの映画には決定的なサスペンスがほとんどありません。
例えば試合とか、大会とか、主人公が乗り越えるべき壁も特に決まっていません。
あらすじにもありますが、どちらの世界を選ぶんだろうなんてこと、観てると全然気になりません。
僕の頭がもともと空っぽだけなのかもしれませんが、もうほんとに頭空っぽで観れます。
唯一あるとしたら、楓ちゃん。もうほとんどというか、今日本を最もきらめいているショートカット、広瀬スズと、主人公がコイバナ的にどうなるのかという演出。
チューくらいしちゃうの!?ってところ。
このコイバナサスペンスが映画も中盤のところから急に図書館で出会ったヒロインにすごい魅力を与えてるなと感じました。
まあもう、めっちゃかわいいし。
何がかわいいかって、今までの細田ヒロインにはない、普通の女の子ってとこですかね。
時を飛べるわけじゃないし、何か凄い名家の娘でもないし、狼の母でもないし。
だから特別な仕草があるわけでもないんですけど、広瀬スズの声だけでもうかわいい。
なんでこういう大作映画にうまい声優じゃなくて女優を使うんだ、商業の悪い癖で、話題作りじゃないのかなんて声がありますけど、まあそうですよね。
宣伝的にはその一面はめちゃくちゃでかいと思います。だって日本人は役者か賞かゴシップでしか映画観に行かないし、知ってる人が出てる方が動機になるし。
でもね。この2015年に細田映画のこのヒロインの声は広瀬スズで正解ですよ。
なぜか。バケモノの世界と対照的に描いている現代の普通の女の子だからです。
もうまさに、広瀬スズですよ。広瀬スズ。僕はアニメあんま観ないんで、ヘビーユーザーの方には声的に、演技的にアニメのアフレコとして下手ってあると思うんですけど、僕はぴったりだと思いました。
4.アイテム
サスペンスの話しようと思ったら、広瀬スズの話になっちゃった。
ハートをキュンとさせる特別な仕草はないと書きましたが、1つだけあった。
楓ちゃんが手首撒いている、ヒモです。
このヒモは何か。この記事の筋には関係ないので、ネタバレを防いであえて何かは書きませんが、文科系・サブカル系でプチブレイクしそう。
というか、この映画を観に行った人が簡単に真似できる共通言語のようなものって、これくらい。結構限定的なシチュエーションですが。
(『モテキ』(2010)で長澤まさみが「ドロンします!シュシュシュ!」ってやるのと同じです。)
そのヒモを、噛んで切って、主人公に渡すんですが、その仕草。
映画にはよくアイテムが伏線で使われますが、これがこの映画においてはそう。
このアイテムを通して用意された伏線の使われ方が起こすカタルシスが僕にはそんな響かなかったのですが、だけどこの仕草の為にヒモが用意されてたって思うくらい、ヒロインの魅力を際立たせるいい演出でした。
5.カタルシス
またヒロインの話になってしまった。話を本筋に寄せます。
諸説ありますが、映画におけるカタルシスって、背筋がぶあーってなって、鳥肌が腰からぞわぞわぞわ!って頭のてっぺんまで駆け巡る瞬間だと僕は思っています。
それがあるかないかで僕は映画が面白かったかそうじゃなかったかを決めている気がします。どんな映画であっても。
この映画でこれを感じたのは、楓ちゃんがラスボスに台詞を放つところ。また楓ちゃんですね。
これは説明が難しいので、是非観て頂きたい。最後の要素でちょっと触れますが、観るが易し。
6.アクション
手塚先生が鉄腕アトムで始めた、コマ数を減らすアニメ手法をリミテッドアニメーションと言うそうです。
週刊アニメを作る為の経費的、時間的節約の手法で、日本におけるテレビアニメは0年代初期までほとんどこの手法が用いられてきたとのこと。
だから動作が繰り返されたり、比較的書くのが簡単な画で話が進んだりします。
「アニメ映画」としてこの真逆を突っ走った人、それが宮崎駿ですね。お金も人も時間もかけます。
もう、風も草もそこまでリアルに動かす?ってくらい動かします。
細田監督は、そのバランスが超ちょうどいいなと思いました。
こう書くと語弊があるかもしれません。客観的には、まったくリミテッドアニメーションじゃありません。めちゃくちゃ動きます。
試合を観戦するモブキャラですら、一人たりとも同じ動きを繰り返す人物はいませんでした。
主人公達の所作も、ひとつひとつがとてもリアル。そのままモーションキャプチャーしたのかなってくらい。
では、どこがちょうど良かったか。それは、アニメ的なコミカルな動きが要所要所で現れることです。
これは意図的にやってることだと思いますが、特にバケモノ世界にて。
熊徹と追いかけっこするシーン、ケンカするシーンは特にリミテッドアニメーション的。
でも、修行とかちゃんとしたところはリアルな動き。そのバランスが、ちょうどよかったです。
意図的って視点で言うと、あともうひとつ。
あと、現実世界とバケモノ世界で意図的に対照的だったのは、暴力のシーン。
このシーンはこの映画においてこれから名シーンとして賞される可能性が十分に高いと思うのですが、それは九太が図書館の前で不良に絡まれている楓を助けるシーン。
つまり、ボーイミーツガールのシーンです。(これより前に図書館で出会ってはいるけど、関係性ができたキッカケになるシーンとしての)
女の子の不良が、楓ちゃんをいじめます。それを遠目に見ている男の不良たち。またそれを、少し離れて見つめる九太。
この構図を、横からの全身が見えるカットで撮っています。というか描いています。
しかし、この構図全体を映しているわけではなく、カメラというか画は何度かパンします。
楓ちゃん・女の不良→男の不良・九太
そこで1、2カット、男の不良が九太のみぞおちに蹴りを食らわせるシーンがあります。
その、暴力性。確実に悪の暴力として、凶悪に描かれています。
しかしまたカメラは戻って横の構図。
楓ちゃん・女の不良のカットに戻ります。そこで映ってはないけど、九太が不良を倒す音だけが聞こえます。
楓ちゃんのもとに歩く九太。女の不良は逃げ出して、その構図には九太と楓ちゃんだけが残ります。
これがこの映画の、ボーイミーツガールです。すいません、1シーン思いっきりネタバレしちゃいました。
ここ、すごくリアルなんですよ。写真かってくらいリアルな背景レイヤー(多分画の半分くらい写真だと思う)も助けてると思うんですけど、バケモノ世界のアニメーションとは、戦いで殴る、蹴るっていうそこでのアニメーションとは、明らかに違う。
そして最後に、現実世界で九太はバケモノの世界で得た力を使うことになります。
もうこれはポスター観れば分かることなんで、あえて伏せる必要はないと思いますが、彼らは刀を武器として使います。
問題のアニメーションは最後の技。
鉄腕アトムのヒット要因は、リミテッドアニメーションという節約した動きでも、止まったままの静止画を動かしたことだと言われています。
要は動かしながらも、マンガの止まってるけど躍動感がある動きを表現したことだと。
最後の技、めちゃくちゃ動きます。めちゃくちゃ動くんですけど、同じ技としてはリミテッドアニメーションに負けたと僕は感じました。
僕の中では、最後の技はこれには完敗でした。
このページをめくった瞬間の方が、アクションシーンとしての躍動感が凄かったからです。
ここだけ、この映画ちょっと残念でした。
7.テーマ
この映画のテーマ。
これこそ言っちゃったらストーリーよりネタバレになっちゃうと僕は思うので、言いません。
テーマをはっきり言われた後の映画って、その視点でどうしても観ちゃうから、ストーリーばらされるより、絶対コンテンツがつまらなくなるからです。
商業作品て、あらかじめストーリーが分かってる人が触れても、その間にストーリーに乗せるレールや観る動機を継続させるサスペンスがあるんで、観れるんです。
だから観るから読むか、読むから観るかが成立してるんです。
というわけで僕がこの映画から感じたテーマが時代性とマッチしているかどうかについて書きたいと思います。
といっても具体的には書けないので、簡単に。
めっちゃマッチしてる。
というかこの問いに対してこの答え。それを含めてテーマとしてまとめた細田監督はすごいなと思いました。
カタルシスは、広瀬スズの一言でテーマと一緒に訪れました。
このシーンだけでも観る価値ありますよ、絶対。
長くなってしまいましたが、この夏、是非観て頂きたい映画です。
あ、ひとつ世界観について書き忘れてました。
でもこれはまだ僕の中で消化不良なので、ネタバレじゃなくなってうまく消化できたら書きたいと思います。
ただその視点でもうひとつだけ。
バケモノの子は、絶対渋谷で観てください。
このオススメが、この作品が面白さであり、現在のマンガ・アニメのヒット作品を紐解く鍵であることに間違いありません。
渋谷のTOHOシネマズで、是非。